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静岡地方裁判所沼津支部 昭和61年(ワ)147号 判決

原告

中野隆昭

右訴訟代理人弁護士

水沼宏

竹田穣

佐藤安男

被告

宗教法人 世界救世教

右代表者代表役員

松本康嗣

右訴訟代理人弁護士

木川統一郎

小山利男

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大森八十香

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の代表役員代務者であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は静岡県熱海市に総本部を置く宗教法人であり(以下「教団」ともいう。)、原告は、昭和六一年四月一六日の責任役員会において、被告の代表役員代務者に互選された者である。

2  昭和五九年一〇月三一日の責任役員会において、それまで被告の代表役員(以下、「総長」ともいう。)であつた中村力が解任され、松本康嗣(以下、「松本」という。)が代表役員代務者に互選された。さらに、同年一二月一七日、総長(代表役員)指名委員会において、松本が代表役員に指名され、教主の認証を得て就任した。

昭和六〇年三月二九日の任期満了を前に、同月二七日、松本が代表役員として、総長指名委員会及び常任理事(責任役員)選考委員会を招集し、代表役員には松本、責任役員には原告、勝野政久、川合精二(以、「川合」という。)、志賀政雄、中居林(以下、「中居」という。)、古谷保、成瀬守重、嵐康一郎(以下、「嵐」という。)、新保健三、渡辺哲男がそれぞれ選任され、教主の認証を得た。

3  松本総長は、昭和六〇年八月ころから、教団運営の主導権を奪取しようと目論む者らと共同して、教団を従前の状態以上の混迷に追い込んできた。責任役員七名(原告、川合、志賀政雄、古谷保、成瀬守重、嵐、新保健三)は、昭和六一年四月初め、松本総長に対して、教団を混迷に陥れた責任を取つて辞任するよう勧告したが、松本総長はこれに応じなかつた。

4  昭和六一年四月一六日午前一〇時から定例責任役員会が開催され、同日午後一時三〇分ころ、嵐責任役員は、「その他」の議題を提出する旨示唆した後、松本総長の利害に係わることなので仮議長の選出を求め、あわせて松本総長の解任を提案した。川合責任役員が賛成七、反対三で仮議長に選出され、同人が代表役員解任の提案について議事を進行した。嵐において、「四月三日以降、松本総長の辞職を勧告してきたが、反省の色がない。解任理由はその時とほぼ同じであり、解任理由書にしたためてあるので議決願いたい。」と解任理由を述べた。これに対し、川合仮議長は、「只今の嵐氏の提案に基づいて、松本総長の解任に対する議決をとります。」と述べて直ちに採決に入り、賛成七(原告、川合、志賀政雄、嵐、成瀬守重、古谷保、新保健三)、反対三(勝野政久、中居、渡辺哲男)の多数決で、松本総長の代表役員解任を決議した。

5  その後、松本、勝野政久、中居、渡辺哲男及びオブザーバー役員らが議場から退席したが、仮議長に選出されていた川合は閉会を宣することもなく、過半数の責任役員(七名)が議場にとどまり議事を進行していたのであるから、責任役員会は継続していた。ここにおいて川合は解任議決を再確認した。これは、同議決のあつたことを単に再確認したにとどまるものではなく、解任議決を念のため再度行つたものである。

6  川合ら残つた責任役員七名は、原告を代表役員代務者に互選した。

7  なお、教団の規則(以下、「規則」という。)では、責任役員会において、任期中における代表役員(総長)の解任を明文で定めていないが、教団が法律行為ないし事務を代表役員に委託し、代表役員が右委託を承諾している関係にある以上、代表役員と教団とは民法上の委任ないし準委任の関係にあるから、教団は民法六五一条一項により、何時でも右委任契約を解除することができる。そして、教団の右契約解除の意思決定は、規則一一条一項に基づき、教団の最高の意思決定機関である責任役員会の議決によりこれを行うことになる。

8  以上の次第で、教団を代表すべき者は原告であり、松本は代表役員として登記されてはいるが、教団の代表者ではない。

よつて、原告は、被告に対し、原告が被告の代表役員代務者であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、被告が熱海市に総本部を置く宗教法人であることは認め、その余は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3ないし6の各事実は否認する。

4  同7は争う。

5  同8の事実のうち、松本が代表役員として登記されていることは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

1  代表役員(総長)解任権の不存在

原告は、責任役員会の議決により松本総長を解任したと主張するが、このような解任については教団の規則等に明文が存在しないばかりでなく、解釈論としても無理である。

(一) 一般に、法人においては役員選任機関と解任機関は同一であるのが原則であるが、教団の場合はこの原則はあてはまらない。

教団の規則八条と、これを受けた総長指名委員会規程によれば、総長指名委員会が教主の認証を受け、総長を指名することとなつており、代表役員の選任権は責任役員会にはなく、総長指名委員会にある。しかし、同委員会は、「その職務の完了により解散する」(同委員会規程六条)とされ、常置性をもたないことが明らかであり、右の「職務」とは、同委員会規程五条の「総長の指名」をさしていると考えなければならない。

代表役員の選任機関と解任機関は同一であることが望ましいのであるから、教団の規則、規程の立法者が仮に代表役員の解任規定を設けようと考えたとすれば、総長指名委員会規程の中に条文を設けるはずである。

(二) 宗教法人法一八条二項は「代表役員は規則に別段の定めがなければ責任役員の互選により定める」としている。この規定は一定の手続によつて責任役員複数名を選任することを規則が定めており、代表役員の決定方法については何等規則に定めがない場合に、互選によつて代表役員を選ぶものと法定したものである(任意規定)。この規定を根拠として、教団には、総長の選任については「規則に別段の定め」があるけれども(規則八条)、その解任については規則に定めるところがないので、解任の点に限つて宗教法人法一八条の裏面解釈を活用し、責任役員会の決議で総長を解任しうるという解釈論は正しくない。なぜなら、責任役員会に代表役員選出権があればこそ解任権を引き出しうるのであつて、前記(一)のとおりもともと選任権のない教団の場合に、解任権を責任役員会にもたせるのは不可能な解釈である。

(三) 責任役員(常任理事)の解任については、規則四二条二項二号の規定、それを受けた審定委員会規程、懲戒規程がある(規則四三条)。即ち、責任役員会(常任理事会)は、審定委員会規程二条により審定委員長、委員を選出し、同規程四条の一号から四号までのいずれかの事項を指定して起訴する。起訴があると、審定委員会は、懲戒規程四条の一号から一三号までの該当事実の有無を調査し、事実を認定した上、同規程三条の一号から六号までの懲戒のうち、いずれが相当であるかの意見を付して責任役員会に事件を送付する。責任役員会は、懲戒規程二条一項に基づいてこれを審議し、その議決に基づき、総長が罷免(懲戒規程三条三号)等の懲戒処分を本人に通知することとなる。この懲戒に先行する手続としての審定手続においては、特に重要な要件として、委員会は審定当事者の出席を求め、その説明または意見を述べる機会を与えなければならない旨定められている(審定委員会規程八条第一文)。

教団においては、責任役員の解任については、懲戒処分としての罷免によつてのみその役職から解任しうるのであつて、その解任については厳格で慎重な手続が保障されている。それに対して、代表役員(総長)だけは、何らの手続保障もなく、責任役員会の多数決の決議で解任されるというのでは均衡を失する。

(四) 教団においては、総長職は他の責任役員に比べ、絶大な権限を規則、諸規程によつて与えられた特別の地位である。たとえば、新責任役員を選任するに際し、総長は常任理事選考委員会規程に基づき選考委員会の委員長となるが、その選考委員会は「総長の指名した者」をもつて組織する(右規程三条)。また特命理事(一般の法人では評議員と呼ばれるもの)を新たに選任する場合、特命理事選考委員会規程に基づき選考委員会を開くが、その委員会は「総長の指名した者」をもつて組織することなつている(右規程三条)。このように、責任役員及び特命理事の選任に対する影響力行使により、総長は次期総長の選任に対しても絶大な影響力を行使しうる(総長指名委員会規程二条参照)。また、総長は、総長となることによつて責任役員になるのであつて(規則六ないし九条)、一般の責任役員とは全く別個な手続によつて選任される。

このような総長の特別な地位を考慮すると、責任役員会限りで総長(代表役員)を解任することができるという解釈は、責任役員の解任と比較して益々均衡を失する。

(五) 総長は審定対象・懲戒対象から除外されている。即ち、審定委員会規程二条は、「総長」が審定委員長・委員を任命し、同三条は「総長」が委員の数を定めるとされている。さらに、懲戒規程二条では、「総長」が懲戒すると定められ、同三条の懲戒対象者として、総長が列記されていない。

総長も責任役員会(常任理事会)のメンバーであるから、懲戒規程三条三号の罷免対象者としての「常任理事」に含まれ、総長も罷免しうるという解釈は、教団規則の解釈としては成り立たない。即ち、教団規則では、総長と常任理事とは選任手続、権限等で厳然たる区別があり、規則七条において、代表役員を「総長」といい、その他の責任役員を「常任理事」というと区別して用語を用いている。

以上のように、総長(代表役員)の罷免はありえないことであり、まして、責任役員会の決議で総長を解任することなど許されない。

(六) 現行規則の立法経過をみると、規則・規程の立法者意思は総長(代表役員の)の解任を否定していることがわかる。即ち、教団の沿革をみると、もともとは教主が役員の任免権をにぎつていたが、これでは教主に教団の管理運営に関する責任が及ぶので、これを避けるため、教主への任免権の帰属をなきものとし、これを別な機関に移行させ、教主は象徴の地位に立つことになつた。その後の規則(現行規則を含む)においては、教主の総長任命権を総長指名委員会に委譲したのに、その解任権は認めず、総長指名委員会は指名(その職務の完了)により解散するものとしたのである。

(七) 原告は民法六五一条に基づく無理由解除を主張するが、同条は、個人間の信頼関係に基づき、専ら委任者の利益のための一時的事務が委託された場合を対象として立法されたものである。宗教法人の代表役員のように、任期の定めがあり、しかもその職務が恒常的であつて、種々の生活上及び経済上の給付、利便が与えられている場合においては、民法六五一条のように理由の有無を問わない一方的告知によつて、その地位を剥奪することはできないと解するのが相当である。

2  解任手続の不履践

仮に、代表役員(総長)を解任しうるとしても、審定・懲戒という特別規定に準拠して教団の意思決定手続が行われなければ、解任は許されない。

(一) 教団においては、責任役員だけでなく、その他一切の役職に対する不利益処分は、規則四二条二項二号の規定、それを受けた審定委員会規程、懲戒規程(規則四三条)により、厳格な審定手続とそれに続く責任役員会の慎重な審議を必要としている。右両規程は、商法二五七条や中小企業等協同組合法四一条と同様に、法人の側からする委任契約の解除に関する特別の規定である。懲戒による解任も委任契約の解除であるから、このように特別の規定が定められている以上、法人の側からする委任契約の解除は必ずこの規定に従つた手続を踏まなくてはならず、この方法とは別個に民法六五一条の相互解除の自由を根拠にして責任役員会の決議によつて責任役員を解任することは許されない。仮に総長を解任することが可能であるとしても、懲戒・審定という特別規定に準拠して教団の意思決定手続が行われなければ当然無効である。

(二) 報告が松本総長を解任したという理由を見ると、「規則変更の強行により混乱を起こし、教主様の威信を傷つける」という項目は懲戒規程四条二号に、「ダ・ヴインチ絵画購入に関わる不手際と弁護士への盲従」、「無責任な総辞職論」、「責任役員会の非合法な運営を強要」、「いたずらに教主様の威信を傷つけ、信者の心を傷つけた」、「私見の発表により混乱を助長」、「無責任さと不誠実さ」という各項目は同規程四条八号に、「教主様のお言葉を軽視」という項目は同規程四条一一号に、「代表役員公印の勝手な改印」という項目は同規程四条七号、八号、一二号に、「直送文書の送り主に堕す」という項目は同規程四条七号、八号、一一号にそれぞれ定められた懲戒事由にあたりうる事実であるから、前述の特別な規定としての審定委員会規程、懲戒規程に準拠した厳格な手続を履践しなければ解任は許されない。

3  分限的処分権(不適格解除権)の不存在

教団の規則、諸規程の解釈として、懲戒事由がないのに総長不適格として解任するいわゆる分限的処分は認められない。その理由は以下のとおりである。

(一) 前記1のとおり、懲戒事由に基づくにせよ、それ以外の事由に基づくにせよ、現行規則・規程の立法者は代表役員(総長)の解任を全く予定していない。

(二) これをなしうるという宗教慣例も、教団には存在しない。

(三) 懲戒事由のいずれにも全く該当しない総長の行為または態度を根拠に、懲戒事由の最も重い処分である罷免と同様の解任をすることは、懲戒処分の内容(特に、懲戒処分の一番弱いものは「戒告」であり、一番重いものが「罷免」であること)と比較するとき著しく均衡を失する。

(四) 規則一四条二号によれば、代表役員が三月以上職務執行不能となつても、代表役員代務者を置いて補うことになつており、代表役員の解任はできない。これとの均衡からみても、懲戒事由のいずれにもあたらない総長の行為の不適切を理由として解任しうると解するのは不合理である。

(五) 分限的処分として総長を解任しうるとすれば、それは極めて重要なことであるから、当然解任権の主体、その要件を詳細に定めておくはずであるのに、その定めは全く存在しない。

4  解任決議の不成立

(一) 昭和六一年四月一六日の責任役員会の議事進行の経過は次のとおりであつた。

昭和六一年四月一六日午前一〇時から、規則上の責任役員一一名全員と責任役員待遇とでもいうべき六名のオブザーバーが出席して定例責任役員会が開催された。松本総長が議長となり、当日予定されていた二件の議題の審議を終り、「その他」の議題の一件目は、原告らのグループの意見と松本総長らのグループの意見が激突したため、審議未了で打ち切られた。そのあと松本議長を補佐して議事進行をつとめていた中居総務局長が「その他」の議題にはまだ何かあるのかと発問したところ、原告らのグループの責任役員である嵐が、松本総長の解任を提案したいので、その審議方法としては仮議長を定めて行うのが妥当である旨説明し始めた。この嵐発言の中途で松本議長はこれを遮り、原告、川合、志賀政雄、嵐、新保健三、成瀬守重、中島誠八郎の七名は懲戒理由に該当する行為があつたと疑われるので、審定委員会を設置したいと提案した。続いて松本議長は、特別利害関係人は議決権がなく、仮責任役員を選任して審議することになるので、右七名中、規則上の責任役員六名は退場してほしいと求めたが、原告ら六名は応じなかつたので、別室で仮責任役員の選出をすることとした。そこで、松本議長、責任役員勝野政久、同中居、同渡辺哲男の四名は、別室において仮責任役員として安食卓郎、大森栄夫、長谷川勝、細野鈔吉、山下國博、小林祥を選出した。引き続いて、右責任役員四名と仮責任役員六名で責任役員会を開き、審定委員会設置問題を審議した。その結果、松本議長提案どおり審定委員会を設置することが議決され、右委員会の委員長、委員、書記が決められた。その後、審定委員会が開かれ、原告は懲戒相当と認められ、責任役員の地位を失つた。

(二) 以上の経過をみると、まず、松本総長解任は議題として採り上げられていないから、解任決議は不成立である。

「その他」の議題については全責任役員が適当な議題を提出しうるのであるから、議事進行の任にあたつていた議長松本と中居総務局長は、嵐の提案しようとしている議題の内容を確かめていたにすぎない。いまだ議題の正式な提案とはなつていない。

議長は、責任役員の各提案のいずれを正式議題として採りあげるかの裁量権(議事整理権)をもつているから、嵐が総長解任を提案したいと述べても、これによつて直ちにこれを議題として審議の対象としなければならないものではない。松本議長には、松本総長解任提案が発言されたときに、それを採り上げず自ら準備した別の議題(審定委員会設置)を正式に審議対象として上程する権利がある。

(三) 松本総長には解任理由について弁解、反論の機会が与えられていないから、解任決議は不成立である。解任理由書は当日配付されていなかつた。また、解任理由の説明は時間的に不可能であり、まつたく説明はなかつた。したがつて、松本総長が解任理由に対して反論する機会もなかつたものである。

弁解の機会を与えることがなかつた解任決議は、仮にそれが成立したとしても、重大な瑕疵があり、無効である。審定委員会規程八条によつて懲戒するには、審定手続の中で当事者間に出席を求め、その説明又は意見を述べる機会を与えなければならないと定められているから、それとの権衡上、当然、責任役員会限りで解任するとしても、弁解の機会が与えられていなければならないと解される。

(四) 採決が行われなかつたから、解任決議は不成立である。

松本議長が審定問題に関係する七名の者らの退場を命じたが、それに従う者がなく、議場が騒然とした混乱状態に陥つた中で、仮議長を選ぶのか松本がそのまま議長を勤めるかの審議もなく、討論も行われることがなかつた。「七対四」「七対三」で「はい賛成」などと述べる者があつただけで、議長なり仮議長なりによつて採否が採られた形跡がない。従来慣行的に一一名の責任役員に七名の責任役員待遇の者を加えて一八名で審議されてきたのであるから、一一名で決着をつけるというのであれば、その点につき当然討論がなされてしかるべきである。

5  責任役員会が有効に成立していないから、解任決議は無効

(一) 責任役員会には総長解任権はないから、昭和五九年一〇月三一日、責任役員会の決議による中村力総長の解任は無効である。したがつて、請求原因2の事実はそのとおりのことが行われたが、全部無効である。

客観的に正しい法律状態としては、昭和六〇年三月二八日、それまで責任役員であつた中村力、原告、川合、志賀政雄、松本、新保健三、中居、嵐、中村博、古谷保が任期満了により退任し、ただ後任者が選任されるまで従前の職務を行うべき状態にあり、その者らの互選により、同年五月二日、松本が代表役員代務者に就任し、次いで同年八月二四日、教主の認証を受けた上、総長指名委員会の指名を受け、代表役員・総長に就任したのである。

(二) 松本が昭和六〇年五月二日に代表役員代務者となつた後、責任役員を選任し直すべきであつたが、それをしなかつたから、本件の責任役員会が開催された昭和六一年四月一六日に責任役員の職務を行うべきであつた者は、前記(一)の一〇名のうち、昭和六〇年三月二八日任期満了により退職した中村力を除く九名である。

そうすると、昭和六一年四月一六日の責任役員会では、招集権者である松本は有効に総長の地位にあつたが、責任役員として出席した者の中には責任役員(但し任期満了後)でない者、即ち、右九名以外である勝野政久、渡辺哲男、成瀬守重の三名が含まれていた。また、中村博は責任役員(但し任期満了後)であるのに招集の通知を出していない。

したがつて、昭和六一年四月一六日の責任役員会は法律上は有効な責任役員会ではありえず、そこで行つた決議は全て無効である。

6  任期中解任の実体要件を欠き、解任決議は無効

教団の規則には、代表役員の任期の定めがあり、松本総長の任期は昭和六三年八月二三日までである。総長と教団の間には給与関係が存在するから、任期中の解任には著しい信頼関係の破綻が存在しなければならない。

この信頼関係破綻の有無は、条理上当該宗教法人の構成員の総意によつて判断すべきである。認証権者である教主、相談役、総長指名委員会、責任役員会、理事会が重要な機関であるから、解任理由がこれらの機関に開示され、本人に弁解の機会を与え、十分な討議を行うことは最小限必要であり、これらの機関を構成する人々の圧倒的多数が解任に賛成することが必要である。ところが本件では、甲第一号証の解任理由書なるものは、昭和六一年四月一六日の混乱した責任役員会において、松本総長らが別室に移動した後に、原告ら一部の責任役員が事後的に作成したものである。当日の責任役員会においては松本総長解任についてはそもそも議題ともならなかつたものであるが、解任理由について提案者からの説明もなく、したがつて松本総長が弁解したこともなく、討議も採決もなされなかつた。まして教団の他の機関に解任理由が報告され審議された事実もなく、教主が松本総長の解任が適当であるとの見解を出した事実もない。信頼関係破綻という総意は存在しない。

四  原告の主張

1  責任役員会の代表役員解任権

宗教法人法一八条、一九条の規定は、代表役員を宗教法人の業務執行機関とし、責任役員は、責任役員会といつたものを組織し、宗教法人の業務についての意思決定は、責任役員会の定数の過半数の賛成によつて決定するということを予定した趣旨であると考えられる。したがつて、責任役員をもつて組織される責任役員会は、宗教法人における最高の意思決定機関ということになる。

教団の規則は、代表役員の選任については特別の規定を置いているが、解任については何ら定めがない。この場合に、代表役員に対する委任契約を解除する内部意思の決定をするために宗教法人法一八条二項の裏面解釈によることもまたやむをえないと考えられるし、また同条四項により、法人の最高意思決定機関である責任役員会がこれを決定することもできると考えられる。

2  委任契約の解除としての解任

民法六五一条一項に基づき、責任役員会が松本との代表役員としての委任契約を解除(解任)する場合、同項が「何時ニテモ之ヲ解除スルコトヲ得」と規定していることから明らかなように、契約解除(解任)の理由は特に必要ではない。

被告は、代表役員は懲戒に関する審定委員会の審議を経なければ罷免(解任)されないと主張するが、原告は本件訴訟で懲戒処分としての解任を主張しているものではないから、被告の右主張は失当である。

懲戒とは、組織の統制に服する者に対するものであつて、委任契約における受任者に対するものではない。代表役員は、同時に信者及び専従職員ではあるが、代表役員の地位は委任契約に基づくものである。代表役員の地位にある者が信者又は専従職員として非違行為をした場合には、信者又は専従職員として懲戒の対象となるかという問題は一応考えられるが、委任契約の受任者として懲戒に付されるということは考える余地がない。

3  解任決議の成立

被告は、昭和六一年四月一六日の責任役員会においては、松本総長解任の提案は正式になされておらず、解任理由の説明、弁解の機会もなかつたし、採決もなされなかつたと主張するが、いずれの手続もきちんと踏まれており、解任決議は成立した。

(一) 昭和六一年四月一六日午後一時半すぎ、嵐は松本総長の代表役員解任及び仮議長選出を、責任役員出席者一同に対して明確に提案している。右提案がなされるや、松本総長をはじめ、同人を支持する中居らの責任役員やオブザーバー役員が発言し、議場は騒然となつたのである。松本総長は、言葉にならぬことを口走るばかりで、嵐の右提案に対しては何の発言もせず、しかも議事を進行しようとしなかつた。

一方、志賀政雄、嵐が、「仮議長は川合さんお願いします。」と述べ、仮議長選出を提案したのに対し、原告らは「賛成、賛成」と述べ、川合も「お引き受けします」と仮議長の就任を承諾し、これにより責任役員七名の賛成多数で、川合を仮議長に選出したのである。

松本総長につき、代表役員の解任が提案されたような場合には、議長である同人にとつて特別利害関係のある事項の最たるものであり、直ちに仮議長の選出手続が進められるべきである。従つて、松本総長が責任役員会に対し仮議長の選出を諮らなかつたという些細な手続的瑕疵があつたとしても、責任役員七名の賛成多数で川合を仮議長に選出している以上、仮議長の選出は有効である。

(二) 仮議長に選出された川合は、代表役員解任の提案について議事を進行し、嵐が解任理由を述べたのち、直ちに採決に入り、賛成七名、反対三名の多数決で松本総長の代表役員解任を決議したが、解任についての理由は不要であるから(実際には十分合理的な解任理由があつたが。)、解任理由をめぐる討議は必ずしも必要でない。

また、松本総長に対しては、昭和六一年四月三日の責任役員会で辞任勧告議決が行われており、同議決に先立つて辞任勧告の理由書が松本総長を含む責任役員全員に配布されていた。松本総長はこれに対し、昭和六一年四月七日付で反論を出したり、責任役員会で解任の提案がなされた場合に備えての対抗策を検討してシナリオを作つておくなど、松本総長は解任されることを十分予想していたし、十分弁明する機会が与えられていた。

それゆえ、辞任勧告議決の後、約二週間もの日時の余裕をもつてされた本件解任議決に際し、改めて解任理由をめぐる討議をする必要はなかつたし、また松本総長には弁明の機会が十分与えられていた。

実際、仮議長川合が代表役員解任の提案について議事を進行し、採決を行つている間、松本総長を支持する者らは、議事を意図的に妨害するかのように聞く耳を持たないといつた態度で大声で何やら叫び、松本総長は、解任に対し弁明する機会を自ら放棄したとしか考えられない状況にあつた。

(三) 被告は、松本総長が原告ら七名について審定委員会の設置を正式に提案し、それによつて原告らの議決権は失われ、松本総長の原告らに対する退場指示は法的根拠を有すると主張するが、松本総長は、「いや、あのね、私は皆さんに、あのー」などと意味をなさない言葉を口走つていただけであつて、かかる意味不明の言葉が審定委員会設置の提案となるはずはない。また、松本総長の右発言以前に、嵐から代表役員解任及び仮議長選出の各提案があり、既に川合が仮議長に選出されていたのであるから、当然代表役員解任について先ず審議すべきである。

被告の主張するように、審定委員会設置の提案が実際にあり、かつ同提案が代表役員解任の提案に先立つて審議されるものであつたとしても、原告ら七名を一括して特別利害関係人として扱うことはできず、議決権を失うのは個々の責任役員である。個々の特別利害関係人である責任役員を除く一〇名の責任役員が出席していたのであるから、仮責任役員を選出する必要性は全くなかつた(規則一八条二項但書)。原告に関して言えば、賛成四、反対六で審定委員会設置の提案は否決されていたのである。

また、特別利害関係人は議決権がないだけで、討論には当然参加しうる。審定委員会設置の提案により当該責任役員の議決権が失われるとすれば、同提案は当該責任役員にとつて頗る重要な意味を持つものであり、審定委員会設置の責任役員会の議決(規則四二条)前に、当該責任役員に対し弁明の機会を与えるべきであり、審定委員会設置後弁明の機会が与えられているというだけでは不十分である。

(四) 被告は、嵐の松本総長解任提案があつても、松本総長には議長の議事整理権に基づいて自ら準備した議題を正式に審議対象として上程する権利があると主張するが、松本総長の審定委員会設置の提案前に川合が仮議長に選出されており、松本総長の議長たる地位は失われていたから、議長の議事整理権は問題とならない。

また、議事整理権とは複数の議案のうち、議事進行をスムーズにし、討論の実をあげことを前提とした議長の議案整理にかかる権限にすぎないから、議長が自らの地位を保全すべく他の議案を不当に優先させることは議事整理権の範疇には属さない。

4  訴訟における信義則(禁反言)

被告は、静岡地方裁判所沼津支部昭和六〇年(ヨ)第二〇号、同第二八号、同第二三三号の各仮処分申請事件(以下まとめて「前件」という。)においては、責任役員会は代表役員を解任できると主張していたが、本件では解任できないと主張している。

前件においては、責任役員会に代表役員の解任権があるか否かが最大の争点であつたが、そこでは、松本は解任権があると主張し、仮処分決定まで得た。この同一人が自ら解任される立場になるや従前の見解を覆しているばかりか、主張を次々変転させている。

例えば、勝野政久、成瀬守重及び渡辺哲男が責任役員であることを前提として、松本総長は、昭和六一年四月一六日まで責任役員会の議長及び議決を行つてきたものであるし、右三名を責任役員と明記したうえで、本件の乙第一号証(責任役員会議事録)まで作成していながら、本件においては右三名は責任役員ではないと主張するなど、被告の主張は支離滅裂というほかない。

我が国においては、英米と異なり、「クリーン・ハンドの原則」や禁反言の法理は明文化されていない。しかし、最も重要な論点についてその都度自らの都合によつて主張を転々と変えることは、訴訟における信義則の観点から見て、到底許容されるものではない。原告としては、かかる被告の主張の変転について何らかの法的な制約が加えられて然るべきであると思料する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一代表役員解任権の存否について

被告が静岡県熱海市に総本部を置く宗教法人であることは当事者間で争いがない。

原告は、昭和六一年四月一六日被告の責任役員会において、それまで被告の代表役員(総長)であつた松本が解任され、原告が代表役員代務者に互選されたと主張し、他方、被告は、責任役員会には代表役員の解任権はなく、松本が代表役員の地位を有していると主張し、責任役員会における代表役員解任権の存否が本件の主要な争点の一つとなつているので、まず、この点について判断する。

1  教団の規則・諸規程の検討

(一)  被告は、宗教法人法に基づいて法人格を与えられた宗教団体であるから、宗教法人法の適用を受ける。宗教法人法一二条一項五号によれば「代表役員、責任役員、代務者、仮代表役員及び仮責任役員の呼称、資格及び任免……」については、規則で規定することとされている。そこで、被告の規則(成立に争いのない乙第八号証)を見ると、代表役員、責任役員等の選任についてはそれぞれ明文の規定が置かれている(規則八条、九条、一五条、一八条等)けれども、解任に関しては明文の規定は置かれていないし、規則に基づいて定められた諸規程(いずれも成立に争いのない乙第九、一〇号証、第一四、一五号証、第三九号証)にも解任に関する規定は存在しない。

(二)  被告の、昭和四二年一〇月一三日に施行された(のち変更規則の施行に伴い失効。)「世界救世教規則」(成立に争いのない乙第四五号証。以下、「旧規則」という。)には、五条に「教主は、教租の霊統及び聖業を継承して、世界救世教を統一し、教務を統裁する。」と規定され、七条に「代表役員は常勤とし、教主が任免する。」と規定されていたが、昭和五九年九月一九日に施行された現行の規則においては、前記のとおり代表役員の「任免」のうち、「任」に関する条項は規定されたものの、「免」に関する条項は規定されなかつた。

(三)  次に、被告教団における総長たる地位とはいかなるものであるか検討するに、「代表役員は、この教団を代表し、その教務及び事務を総理する。」(規則一〇条)とされているように、代表役員の職務権限は対外的な代表行為及び対内的な事務処理の総理であつて、代表役員はいわば教団の世俗面(法人組織)における最高責任者である。そして、規則・諸規程を見ると、教団においては総長職は他の責任役員に比べ、絶大な権限を与えられた特別な地位であることが容易に読みとれる。即ち、たとえば、代表役員以外の責任役員を選任する場合、総長は常任理事選考委員会規程に基づき常任理事選考委員会の委員長となり、同委員会は総長の指名した者をもつて組織する(同委員会規程三条)。その結果、責任役員の選任について、総長は事実上自己の意思を反映し、絶大なる影響力を行使することが可能となつているし、さらに、常任理事の代表四名が構成員として加わつている総長指名委員会(同委員会規程二条)においても自己の意に沿う者の人選を可能ならしめている。

(四)  以上(一)ないし(三)を総合してみると、教団の規則・諸規程の立法段階においては、教団の世俗面ではあるがその代表者である総長は、いわば準教主的な立場であり、教主が教義そのものを否定したりする等の悪をなすことが宗教上あり得ないと観念されるのと同様に、総長たる者の悪業は想定されないと観念されていたのではないかと推察される。

それ故に、総長の解任の必要性が生じることはあり得ないとして、教団においては規則・諸規程に総長解任に関して明文の規定を置かなかつたと解される。

2  解釈論

そこで、教団において、総長解任権を解釈論として導きうるか否かを、解任権を有する機関、解任の理由・手続の各面から検討する。

(一)  教主による解任

宗教を法規制という枠組でとらえる場合は、宗教法人の目的のための教務及び事務を担当する役職者の存在が必要的になつてくるわけであるが、法規制の枠組のない状態で見る場合、その宗教に関するあらゆる権能は教主(宗教により呼称はいろいろあろうが)に帰属しているものと考えられる。それゆえ、教団も出発点においては、教主が役員任免権を含むあらゆる権能を有していたものと推察され、前記のとおり、旧規則の段階でも教主に代表役員の任免権を認めていた。

ところが、現行の規則・諸規程を見ると、教主は象徴であり(規則五条)、教主のなす行為として規定されているのは各種役員の認証(規則八条、九条等)だけである。これを見ると、教主には教団の管理運営に対する責任が及ばぬようにし、教主を純然たる宗教面のみの教団主宰者に位置づけるため、認証権以外のあらゆる権能は、他の機関に委譲したものと考えるのが自然である。それゆえ、教主は総長の認証権者であるにすぎず、規則上明文がないからといつて、総長の解任権をその権能に含ましめることは、その地位の性質に反するものといわざるを得ない。

してみれば、教主には総長解任権はないと解するのが相当である。

(二)  総長指名委員会による解任

代表役員は、総長指名委員会が、教主の認証を受け、指名する(規則八条一項)とされているから、同委員会に代表役員の指名権があることは明らかであるが、さらにその解任権まで付与されていると解釈することはできない。なぜなら、規則八条二項により定められた総長指名委員会規程は、二条一項で「この委員会は、原則として総長又は同代務者、及び相談役の代表一人、常任理事の代表四人、並びに理事の代表三人をもつて組織する。」三条で「委員会は、総長又は同代務者が招集する。」、五条で「委員会は、総長の指名に関し、委員の過半数の同意を得て、教主の認証を受け、指名する。」、六条で「委員会は、その職務の完了により解散する。」とそれぞれ規定されている。これらを対比してみると、総長指名委員会は、総長の指名のみに関して設置される機関で常置性をもたないことは明らかである。そして、解散する場合の職務の完了(規則六条)とは、規則五条の総長の指名をさしている。また、総長解任決議を行うべく総長自ら総長指名委員会を招集することはおよそ考えられないことであるから、総長指名委員会に総長解任権ありとすることは合理的根拠に欠ける。

(三)  宗教法人法一八条二項、四項による解任

宗教法人法一八条二項は「代表役員は規則に別段の定めがなければ、責任役員の互選により定める。」と選任について規定しているが、解任については規定していない。

法人の役員の選任機関と解任機関は同一であるのが原則である。けだし、ある人物を役員にするのが適当か否かという判断と、ある役員を役員として不適当とする判断とは類似の判断要素を含むからである。

右原則を宗教法人法一八条にあてはめると、教団においては、選任については別段の定め(総長指名委員会規程)があるけれども、その解任については別段の定めがないから、総長任命権を責任役員会が有しているとすれば、解任権も有するということになる。

しかしながら、総長の指名権は、規則八条により総長指名委員会にあり、総長の任命権については明文で規定されてはいない。仮に、責任役員会に総長の任命権があると解釈できるとしても、任命の前提となる実質的選任は総長指名委員会の指名の段階においてなされているものであるから、総長の実質的選任権は総長指名委員会にあると解される。

そうすると、選任機関と解任機関が同一であるという原則をあてはめると解任機関は総長指名委員会であることになるが、同委員会が解任機関たり得ないことは、前記のとおりである。

そうであるからといつて、宗教法人法一八条二項の裏面解釈として教団の責任役員会に代表役員解任権があるという解釈も直ちに成り立ちうるものではないことは、後記のとおりである。

また、宗教法人法一八条四項は、「責任役員は、規則で定めるところにより、宗教法人の事務を決定する。」と規定しており、これを受けて、規則もその一一条一項で「責任役員は、責任役員会(別に「常任理事会」という)を組織し、この教団の事務を決定する。」と規定しているが、代表役員の解任という重大な問題について規則上何ら規定がないのに、代表役員の解任権を宗教法人の「事務」に含めて責任役員会に右解任権ありとする解釈をとることはできない。

(四)  懲戒規程

教団には、規則四三条、六九条の定めを受けて審定委員会規程が、規則六九条の定めを受けて懲戒規程が存在する。審定委員会は、責任役員会の起訴を受けて、懲戒規程四条の一号から一三号までの該当事実の有無を調査して事実を認定した上、同規程三条一号から六号までの懲戒のうち、いずれが相当であるかを審決し、これに基づき責任役員会が審議し、その議決に基づき、総長が懲戒する(懲戒規程二条)という仕組になつている。

審定委員会の委員長や委員(その員数)は総長が常任理事会の議決を経て任命するものと定められているし(審定委員会規程二条、三条)、総長は懲戒権者であつて(懲戒規程二条)、懲戒の対象者として列挙されている者の中には総長は含まれていないなどの点からすると、規則・規程等の文理解釈上総長は懲戒の対象者とはなりえないと解せざるを得ない。

確かに、総長も常任理事会の一員であるから懲戒規程三条三号の「常任理事」として罷免の対象者となりうるという解釈も一応は成り立つように見える。しかしながら、教団の規則を見ると、責任役員のうちの一人が代表役員であるが(規則六条)、代表役員は「総長」、その他の責任役員は「常任理事」と呼称を明確に区別し(規則七条)、両者の間には、選任手続(規則八条、九条)や職務権限(規則一〇条、一一条)においても大きな違いがあるから、教団の規則、規程において「常任理事」という場合は、責任役員たる総長を含まないと解するのが相当である。

(五)  民法六五一条による解任

一般に、宗教法人とその代表役員との間の法律関係は民法上の委任ないし準委任に類似する法律関係にあると解されるから、その解任について規則等に明文の定めがない場合は委任の解除に関する民法六五一条の規定が適用され、いつでも解任することができると解する余地がある。しかしながら、教団の代表役員に関する限り、右規定の適用は排除されるのが相当であると考える。

即ち、総長には任期の定め(規定一三条)があり、教団と総長の委任(準委任)関係は委任者(教団)のためだけでなく受任者(総長)のためでもあるから、理由の有無も時期も問わない一方的告知によつてその地位を失わしめることはできないと解するのが相当であるからである。元来教主の持つていた役員の任免権が、教主の象徴化により他の機関に委譲された際、代表役員は準教主的な立場にあるものでその解任は到底ありえないこととして明文の規定が一切置かれていないと解すべきことは前記のとおりであり、そのような代表役員たる地位の性格を考慮すると、教団が責任役員会の議決によつていつでも何の理由もなく代表役員の解任ができると解することは相当でない。

さらに、責任役員の解任の場合と対比するとき、代表役員について民法六五一条の適用を認めることによつて生じる結果の不均衡は到底容認しうるものではない。即ち、責任役員は懲戒による罷免の対象者とされているが(懲戒規定二条、三条)、その他にその地位を失わしめられる場合については規則・諸規程に何ら規定がない。これは、責任役員の解任は懲戒による罷免による場合に限る趣旨と解され、このような特別規程がある以上、責任役員でさえも、責任役員会の議決に無理由解除は認められないと解するのが相当である。これに対し、代表役員は懲戒の対象者ともなつておらず、その他に解任についての明文の規定もないのである。ところが、民法六五一条の適用により無理由でいつでも解任されるとすると、責任役員が懲戒による罷免という厳格な手続を経る場合にのみ解任されるのに比べ、より権限の大きい代表役員の方が何らの厳格な手続もなく責任役員会の議決で容易に解任されることになつてしまい、その不均衡は極めて著しい。

3  以上1、2で見てきたように、被告教団においては、代表役員の解任については明文の規定がなく、民法、宗教法人法、規則、諸規程の解釈上も代表役員の解任権の存在を認めるのは極めて困難であつて、原則的には否定される方向に傾くものといわざるを得ない。

二代表役員解任の手続について

仮に、代表役員の解任を否定する解釈を維持し得ないような事態が発生した場合、代表役員の解任を認める余地はあるであろうか。

代表役員が教主に反発して教義を否定したり、罪を犯したりするなどおよそ規則、規程の立法者らが想定していないような事態が絶対に発生しないとはなんびとも断言し得るものではない。このような場合でも代表役員の解任を否定するとすれば、宗教法人の機能が麻痺し、存在基盤が揺らぎかねない。教団においては、規則のうえで代表役員の解任が明文で否定されているわけではない以上、右のような事態の場合には、条理上代表役員の解任という手段をとることが許容されているものと解さざるを得ない。

その場合の解任の具体的手続、機関等について当裁判所が仮定的な解釈を述べることは、本件の場合不必要、不相当であるが、少なくとも前記のような教団の規則・諸規程において認められた代表役員の地位の重要性、責任役員の解任の場合に要求される慎重、厳格な手続等に鑑みると、代表役員についても、当然現行の責任役員に対する審定、懲戒手続に準じた慎重、厳格な手続が要求されるということはできる。

三事実経過について

そこで、原告か代表役員松本康嗣を解任したと主張する昭和六一年四月一六日の責任役員会に至るまで及び当日の責任役員会の議事進行の事実経過を検討する。

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

1  教団には、従前から幹部役員の金銭疑惑問題などがあり、それをめぐつて派閥抗争がくり返されてきた。昭和六〇年夏ころから教団改革のためとする規則改正の動きが起こり、これに関連して松本総長らのグループと原告らのグループが激しく対立するようになつた。

2  昭和六一年四月三日、定例責任役員会において、松本総長に対する辞任勧告が提案された。その際、辞任勧告の理由書(乙第五七号証)が松本総長をはじめ責任役員全員に配付された。右提案について、原告、川合、志賀政雄、成瀬守重、古谷保、嵐、新保健三の七名(以下、「原告らのグループ」ともいう。)が賛成し、中居、渡辺哲男、勝野政久(委任状出席)の三名(以下、松本を含めて「松本らのグループ」ともいう。)が反対した。

3  松本総長は、右辞任勧告の理由書に対し、昭和六一年四月七日付で反論書を作成して関係者に送付した。また、近い将来予想される総長解任の提案に備えて、自ら審定委員会の設置を提案するという対抗策を準備していた。

4  昭和六一年四月一六日午前一〇時から定例責任役員会が開催され、一一名の責任役員全員と、オブザーバー役員(昭和五九年の新生協議会発足のころから、責任役員会に出席して発言しうることが認められていた。)六名が出席し、松本総長が議長となつて審議が開始された。当日の議題として明示されていた「五月度月次祭式次第の件」、「海外出張の件」の審議が終わり、「その他」の議題が二件審議された後、議長を補佐する立場にあつた総務局長の中居責任役員が、出席者一同に対し、「その他」の議題にはまだ何かあるのかと発問した。これに対し、嵐が、「提案したいことがあるが、それは再び総長自身に関わることなので、仮議長を推薦した上で……」という旨の発言をし、中居と松本が次々とその内容を確かめる趣旨の発問をした。嵐は、「総長の解任決議を提案したいと思つている」旨答え始めたところ、松本がこれを遮り、「あのね、私は皆さんに、あの、先に申し上げたいことは……」と話し始めた。

このころより議場は騒然となり、原告らのグループの者と松本らのグループの者とは、それぞれ自派の予定していた手順を踏んでいつた。即ち、原告らのグループの者は、川合を仮議長に選出し、明確に挙手や起立で採決をとることもないまま、「七対三」などと叫んでいた。一方、松本は、前記発言に続いて、「いや、あの私の方はもう……」、「中野、川合、志賀ですね、成瀬、嵐、それから新保……」、「七人の方は利害関係者ですから……」などと述べ続け、対抗策として準備していた審定委員会の設置提案、七名の者の退場要求をしていたが、原告らが退場しないので、松本らのグループの者は別室へ移動するため退場した。嵐が提案したいことがあると発言を開始してから、松本らが退場するまで一分三〇秒とかからなかつた。

以上の事実が認められ、これに反する証人嵐康一郎、同中村光和の各証言部分は措信しえない。

そこで本件が前記二で述べた代表役員の解任を肯定せざるを得ない例外的場合に該当するか否かの点をひとまず措き、右に認定した事実をふまえて、松本総長解任決議の存在や有効性が認められるか否かを検討するに、右二に判示のとおり、総長を解任しうるとすれば、現行の責任役員に対する審定・懲戒手続に準じた慎重、厳格な手続が要求されるものと解されることからすると、昭和六一年四月三日の責任役員会における辞任勧告の提案以後の経過があつたとしても、そもそも審定委員会も設置せずに責任役員会限りの議決で解任しうるかは大いに疑問のあるところである。そして、仮にこれを積極に解するとしても、右認定のとおり当日の責任役員会は嵐が総長解任の提案の発言を開始してからわずか一分三〇秒ほどの間に、二つのグループの者がそれぞれ勝手に自己の予定していた発言を続けていただけであり、会議としての体裁をなさない混乱状態にあつたことは明らかである。

それゆえ、議長の議事整理権や再度の解任議決の当否を論ずるまでもなく、総長解任について前記二で述べたような慎重、厳格な手続が踏まれてその解任がなされたものとは到底認めることはできない。

四結論

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋元隆男 裁判官仲戸川隆人 裁判官生島恭子)

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